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月刊 原田教正6月「痕跡と拡大」

Monthly Kazumasa
June
/痕跡と拡大



2024年秋、パリのLE BALで石元泰博の展覧会を観た帰り道、私の気分は高揚していた。「シカゴ」や「桂離宮」など、パリで数多くの石元作品を網羅的に観れた喜びはもちろん、老若男女がギャラリーの外にまで列を成す光景と会場内の静かなる熱気に胸を打たれたからだった。今の日本では到底想像できない写真とそれを囲む人々による特別な風景は、今も目に焼き付いている。ギャラリーを出て空を見上げると、曇った空が明るく抜けているようだった。

そうして、帰り道に坂のある小さな路地を歩きながらコンパクトカメラで何枚か写真を撮りながら、街の外れにある小さなドミトリーに戻って夜を過ごした。金曜日の夜、フランス語や聞き覚えのない賑やかな言葉と喧騒が窓の外から流れ込んでくる。石元作品を思い返しながら、使い古された言葉だが、私は単なる異邦人なのだとふと思った。それは寂しさより、静寂のような心地良さであり、今でもその感覚は忘れることができない。

写真は、古い建築に後付けされた設備とルーバーの何気ない落書き。「CEDRO(自然) TEMP(時間) MACHE(壊れている、砕かれている)」という言葉の羅列と、その下部には「BNOW」は「by now」のスラングで「今頃はもう、そろそろ」という意味の言葉、そして読解不可能な数字が書かれていた。どこか不穏で、それでいて冴えた音の響きの落書きが、誰かの意思とその痕跡、そして私自身が「今」を生きているという事実を暗示しているようだった。
 



ー 原田教正



H450mm x W350mm x D40mm
Lambda Print
Semi-glossy paper inkjet



原田教正 | Kazumasa Harada
1992年東京生まれ。2016年に武蔵野美術大学映像学科卒業後はコマーシャルフォトグラファーとして活動する傍ら、積極的に展覧会や写真集の制作を続けてきた。2020年には初の写真集『Water Memory』を刊行し、その後『An Anticipation』『Obscure Fruits』などを刊行。2023年にはベルリンでの滞在制作を経て『時間の園丁』(南青山information)での展示や写真集『My origin photographs』を新たに刊行。2025年9月から本格的に制作拠点をベルリンに移す。

https://www.kazumasaharada.com/